大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)17794号 判決 1996年12月25日

原告

吉本誠

被告

甲野一郎(仮名)

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、金一四五九万八一〇二円及びこれに対する平成五年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者間に争いがない事実

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成五年六月一〇日午前三時五〇分ころ

(二) 事故現場 東京都杉並区桃井四丁目三番二号先交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車

運転者 訴外大田原タカ子(以下「訴外タカ子」という。)

(四) 原告車 自動二輪車

運転者 原告

(五) 事故態様 訴外タカ子が、加害車両を運転して青梅街道を新宿方面から田無方面に向かつて走行し、信号機により交通整理の行われている本件交差点を青色信号に従つて右折しようとしたところ、対向車線を直進してきた原告車と衝突した。

2  原告の傷害等

原告は、右撓骨粉砕脱臼骨折、右大腿部打撲、両側膝部擦過傷、撓骨骨萎縮の傷害を負い、後遺障害等級一二級六号の上肢機能障害の後遺障害を残存した。

二  損害の主張

1  原告の損害

(一) 入院治療費 八六万〇六〇三円

(二) 入院慰謝料 九五万円

(三) 入院雑費 八万一九〇〇円

(四) 通院治療費 二万五四三一円

(五) 通院慰謝料 一〇〇万円

(六) 接骨院治療費 二万四四一一円

(七) 薬代 一三九円

(八) 休業損害 一四五万三七二九円

(九) 逸失利益 一〇一三万八五〇四円

(一〇) 後遺障害慰謝料 二七〇万円

(一一) 書類作成費 一万二三六〇円

(一二) 合計 一七二四万七〇七七円

2  過失相殺

一〇パーセントの過失相殺をすることが相当であるから、原告の損害額は一五五二万二三六九円となる。

3  既払金 三二一万四二六七円

原告は、自賠責保険金三二一万四二六七円の支払いを受けた。

4  損害残額 一二三〇万八一〇二円

5  弁護士費用 二二九万円

6  合計 一四五九万八一〇二円

三  争点

原告は、「加害車両の所有者は訴外タカ子であるが、加害車両は、被告甲野一郎(以下「被告甲野」という。)と被告大田原真美(以下「被告真美」という。)が相談の上、その購入資金を被告甲野が支出し、ガソリン代は被告甲野が負担し、税金は被告真美が負担するなど維持費も被告らが負担しているものであるから、被告らは加害車両を運行の用に供していたものであり、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。」と主張するのに対し、被告らは、「加害車両は訴外タカ子が自ら購入資金を出して購入したものであり、また、被告らは加害車両の維持費を負担しておらず、被告らは加害車両を運行の用に供してはいない。」と主張して自動車損害賠償保障法三条の責任を否認している。

第三争点に対する判断

一(一)  甲四四ないし五一、六五ないし六七、九八ないし一一〇、一一八、乙イ一ないし四、六ないし一〇、一一の一ないし三、一二の一及び二並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 訴外タカ子は、訴外大田原和雄と結婚し、被告真美ら三児をもうけたが、同人の事業がうまくいかなくなり、同人と離婚した。その後訴外タカ子は、昭和六〇年に訴外弥忠田繁治(以下「訴外弥忠田」という。)と再婚したが、平成三年五月に同人とも離婚した。一方、被告真美は、被告甲野と昭和六〇年一二月に婚姻し、平成五年三月二五日に離婚したが、その後も本訴にいたるまでの間、被告真美は被告甲野方に同居しており、被告真美が無職で、収入がなかつたため、被告甲野が被告真美の生活費を負担していた。他方、訴外タカ子は被告真美と別居していたが、訴外弥忠田と離婚した後、間もなくのころから、被告甲野方で被告真美らと同居していたところ、訴外タカ子も無職で収入がなかつたことから、被告甲野が訴外タカ子の生活費を負担していた。

(2) 昭和六三年三月ころ、被告甲野は、当時所有、使用していた車両(以下「前タカ子車」という。)から、現在被告甲野が使用している車両(以下「宮武車」という。)に買替えようと考えたが、被告甲野と被告真美が相談し、下取りに出すつもりでいた前タカ子車を訴外タカ子に無償で譲渡した。当時、訴外タカ子は無職で収入はなく、訴外タカ子の夫の訴外弥忠田の事業もうまく行つていなかつたため、訴外タカ子は訴外弥忠田から生活費も十分には受取つていない状態であつた。

その後、訴外タカ子は、平成元年一二月ころ、前タカ子車を下取りに出して加害車両に買替えたが、下取り価格との差額三〇〇ないし四〇〇万円くらいの内、自らが一部を捻出し、残りの金員を被告甲野に返済する約束で被告甲野に立替えてもらつて業者に支払つたが、訴外タカ子が被告甲野に対し、右の立替金を返済したかは証拠上明確ではない。

(3) 前記のとおり、平成三年五月ころ、訴外タカ子は訴外弥忠田と離婚し、そのころから被告甲野方で、被告甲野と被告真美と同居するようになつたが、訴外タカ子が被告真美と同居をする前後を通じ、訴外タカ子がもつぱら加害車両を使用し、被告甲野及び被告真美が単独で加害車両を使用することはなかつた。訴外タカ子は収入がなかつたため、被告甲野らと同居後は、生活費は被告甲野及び同真美に負担してもらつており、加害車両のガソリン代は、被告甲野と同真美の合意で、被告甲野のカードを使用して被告甲野の負担で支払われ、自動車税は被告真美が被告甲野から貰つた生活費の中から支払つていた。また、駐車場は、訴外タカ子が被告甲野方近くの駐車場を借りていたが、駐車場代も被告真美の負担で支払われていた。

(二)(1)  ところで訴外タカ子は、本件事故による訴外タカ子に対する損害賠償請求事件である東京地方裁判所平成六年(ワ)第二一〇八五号損害賠償請求事件(以下「A事件」という。)や加害車両を担保にしたリース料の支払いについて争われた東京地方裁判所平成三年(ワ)第七四一三号損害賠償請求事件(以下「B事件」という。)等においては右認定に沿う供述をしていながら、本訴においては、前タカ子車は被告甲野が甲野車を購入する際に、下取りに出す代わりに訴外タカ子が現金三〇〇万円を被告甲野に支払つて購入したものである、加害車両のガソリン代、駐車場代、税金は全て訴外タカ子が支払つている旨、前記各供述と矛盾する供述をしており、被告真美もA事件において、訴外タカ子と同様に前記認定に沿う供述をしていながら、本訴においては、訴外タカ子と同様に、A事件の供述と矛盾する供述をしており、被告甲野も、本訴における訴外タカ子及び被告真美と同旨供述をしている。

しかしながら、A事件やB事件においては被告らの本件事故に対する責任が問題となつておらず、この点について作為の入る余地がない状況下で、加害車両等の資金提供やガソリン代、税金の負担者などの事実が被告らの責任にどのような影響を与えるかについて考えることなく自然に供述されたものであつて、訴外タカ子及び被告真美のA事件及びB事件における各供述は、その信用性を担保する供述状況が認められる。他方、本訴における各供述は、まさに被告らの責任が問題となつているのであり、各供述には、本件事故についての被告らの責任を回避しようとする態度が見受けられ、その信用性は低いと言える。また、訴外タカ子の本訴における供述は、資金の工面の状況、代金を支払つた状況など、前タカ子車の入手状況等に関する重要な部分において、あいまいな部分や本訴における供述内においても矛盾する部分が散見され、信用できるものではない。また、本訴において、訴外タカ子が加害車両を購入した当時の経済状況に関して供述している部分は、一〇〇〇万円を超える多額の金銭を着物の襟に縫い込んで貯蓄していたと供述するなど、それ自体極めて不自然、不合理なものであるのみならず、別件の訴訟における経済状況に関する供述や証拠に明らかに矛盾し、かつ、訴外弥忠田が破産状態にあつたことに鑑みても、信用できるものではない。他方、被告甲野を意味する弁護士から借りて返済しているとの供述は、それ自体は不自然な点はなく、かつ、虚偽供述をする必要のない場面で供述されたものであり、信用できる。訴外タカ子は、本訴において当時虚偽供述をしたと弁解し、虚偽供述をした理由を縷々述べるが、いずれも虚偽供述をしたことを十分に合理的に説明するに足りるものではなく、採用できるものではない。

(2)  確かに、加害車両の買替え費用について、加害車両に買替えた時期に近いころに訴外タカ子名義の口座から合計二一〇万円の預金が引き出されている事実は認められるが、訴外タカ子は右金銭についても明確に加害車両の買替え費用に使用したと供述しているものではないこと、右二一〇万円をしても、訴外タカ子が供述する加害車両の購入資金には満たないこと、加害車両の購入価額、訴外タカ子の資金の工面状況等についての供述が変遷していること、加害車両を購入した時期の訴外タカ子の経済状況などに鑑みても、訴外タカ子の資力供述だけで加害車両を購入したものとは認め難い。また乙イ七のカードについても、他のカードの存在を否定するものではない上、右カードの存在だけで、被告甲野及び同真美が加害車両のガソリン代を負担していないと認めるに足りるものでもない。

(3)  そして被告甲野及び同真美の本訴における供述は、信用できない訴外タカ子の本訴における供述に符合するものであり、訴外タカ子の右供述が信用し難いのであるから、被告甲野及び同真美の右各供述も信用できない。

二  右認定の事実によれば、加害車両は、形式的に訴外タカ子が所有名義を有しているのみならず、実質的にも訴外タカ子が所有する車両であると認められるところ、訴外タカ子は、本件事故前から無資力で、加害車両のガソリン代、税金等その維持費は、被告甲野及び同真美の負担で維持されていたと認められるのであり、本件事故当時、訴外タカ子は被告甲野及び同真美と同居し、その生活費など経済的には被告甲野らの援助を受けていたものであることに鑑みると、加害車両の使用を許容し、その維持費の負担をしていた被告甲野及び同真美が、加害車両の運行支配を有していると考えられないでもない。

しかしながら本件事故当時、被告甲野及び同真美は甲野車を使用しており、加害車両は訴外タカ子だけが使用していたこと、訴外タカ子は被告甲野及び同真美と同居し、その生活費など経済的には被告甲野らの援助を受けていたものの、訴外タカ子が加害車両を購入した後、約三年間は訴外タカ子は被告甲野及び同真美と別居して独立して生計を営んでおり、訴外タカ子が被告甲野及び同真美と同居し、経済的援助を受けていたのは本件事故の約一年前ころからであり、加害車両の維持費の援助を受けていたのも右期間としか認定できないこと、したがつて本件事故時五二歳の女性である訴外タカ子が所有する加害車両の使用について、被告甲野及び同真美が指揮、監督する関係にあつたとは認めがたく、被告甲野及び同真美が加害車両の運行利益、運行支配を有しているとは認め難い。

結局、被告らは、自賠法三条の責任を負うとは認められない。

第四結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 堺充廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例